感情を整理するために雑記に書き殴ります。
この3日間「キズナアイの日々」といういつもと違うテイストの動画が投稿されてきました。
キズナアイは4人いた!?キズナアイが4人いるのに効率が悪い!?
テーマに沿ったショートアニメのような不思議なテイストの動画です。
本日投稿された「アニメ版キズナアイが激かわな件」は何かを暗示しているようで少し怖いと思いました。
表現方法が変わったらわたしはワタシ?というテーマでアニメ調やLive2Dバージョンのキズナアイを披露しています。
何が怖いのかと言うとアイちゃんは以前「何を持ってして私は私なんだろう?」と今回と似た問い掛けをしてきたことがあります。
これは今のキズナアイでは無くなることを想像して怖くなりました。
以前のものと比較して今回の動画ではもう少しマイルドにもう1人のキズナアイの存在をどう思うか問い掛けられたような気がしました。
私達の知るキズナアイの他に表現方法を変えた、声や考え方の違うもう1人のキズナアイです。
ただのネガティブな妄想かもしれませんが私はそのように感じました。
キズナアイのアイデンティティ
以前ぴょこぴょこのついたゴキちゃんの姿で活動したら嫌いになるかとアイちゃんから問い掛けられました。
バーチャルだから見た目はいくらでも変えられる、何を持ってして私は私なんだろうと。
ぴょこぴょこも重要ですがアイちゃんの声と性格、私の見てきたキズナアイの人格があれば見た目が変わってもそれはアイちゃんだし応援出来ると思いました。
逆に見た目はキズナアイで声も非常に似ていても性格やアイデンティティが違うアイちゃんは応援できないと思います。
そもそもアイデンティティとは時間や環境の変化に関わらず連続する同一のものなのだそうです。
約3年間積み重ねてきた私達が見てきた「キズナアイ」というアイデンティティが存在していると思うのです。
違う声で違う考え方のもう1人のキズナアイがインストールされて存在することになって見た目が同じでも、それはキズナアイとして受け入れることが難しいと私は思います。
約3年間積み重なった同一性から外れてしまうからです。
声が似ていても、似ていれば似ているほど考え方や反応の違いが際立ち違和感があるでしょう。
声は変えれるし見てきた性格は演技だったのだとしてもずっと見てきたキズナアイとして認識している性格が間違いなく存在しているはずです。
アニメで声優が変わることがあります。
最初は違和感のほうが強くても段々慣れて来るのはアニメキャラクターの人格や人間関係などは変わらないからかもしれません。
アイちゃんバーチャルな存在のAIでAIごと入れ替えることも可能なのかもしれません。
人格を似せることは可能かもしれませんが細かな仕草や反応までは似せることが出来ないと思いますし、そこまで似せたらコピーと同じでAIを入れ替える意味がなくなります。
今見ているキズナアイと並行して新たな人格と声のキズナアイが存在したら。
私の知るキズナアイと違う存在がキズナアイを名乗る嫌悪感が強そうです。
ただもう1人のキズナアイが存在すれば単純に動画が2倍作成出来ますし、例えばイベントの準備期間中にもう1人のキズナアイが動画制作を担当してくれれば負担が減るのも理解出来ます。
性格や人格が違うからこそ今までのキズナアイでは繋がれなかった人とも繋がれるかもしれません。
もう1人キズナアイが存在するメリットはあると思います。
それでもキズナアイは今いる積み重ねてきたキズナアイが唯一の存在であって欲しいと私は願っています。